日記

フリーランス時代の手帳を見返すと、そこでタスク管理をしていたので何年何月何日に何をしていたのかが一目で分かる。毎日違うクライアントの仕事を、時にはいくつも並行してやってていた。

今はというと、仕事の内容が少し違うとはいえ、仕事用のカレンダーには重要事項のみが書き込まれスッキリとしている。日々のタスク管理は専用のツールを使っている。

フリーランス時代の手帳にみっちり書き込まれたタスクやToDoリストは毎日の彩りを記録するものではないが、見返した時に当時の仕事以外のことも一緒に思い出すのがなんとなくいいなと思った。

来年は1日1ページ広々と多目的にスペースを使えるタイプの日記帳兼手帳を買うか、それとも雑記を気ままなペースでブログに残すのみに留まるか。後者の場合、下手をすれば1年1ページペースか……。

 

仕事柄、ひとが書いた文章を読みこんだり、直したり、他の言語に翻訳したりといったことは毎日するが、自分の考えや言葉を文章にするというのはしばらくしていなかった。文章を書くのは得意のはずだが、自分の思考をゼロから言語化するということは習慣がないので思いのほか骨が折れる。というようなことを、年末の人事考課の締め切りを直前に思った。

 

日記もブログも長続きした試しはないが、なぜか昔から妙に憧れている部分がある。それに、自分の文章は結構好きだ。それなのに続かない。

いい加減めそめそするのをやめたい

 正月を実家で過ごすため、過去に何度か利用したペットホテルに電話をかけた。ピエールは毎食服薬するので、ひとりでお留守番ができない。

「ピエールちゃん一匹でよろしかったですか?」

 電話の受け手のお姉さんはただ予約内容を確認しただけだったのに、私の脳内ではべつの質問が聞こえた。ぶっこちゃんはもう、来られないんですか?

 

 四十九日が過ぎても、お骨をお寺に納めても、ふとした瞬間に「どうして、どうして」という考えが止まらなくなる。どうしてひとのお家の猫さんは闘病しながらも長生きするのに、あのこは毛並みも艶々でふわふわで、骨も丈夫で、腎臓以外は正常で、食欲もあったのに食べられなくなってしまったのか。どうして私はもっと家に居なかったのか。どうして最期くらい、療養食ではなく、美味しいごはんを出してあげなかったのか。あと1、2年もすれば新薬が出るかもしれなかったのに。どうして、どうして。

 

 納骨の日の夜、夢を見た。会社帰りに野良猫が仔猫をたくさん産んでいるところに出くわして、私はその中からあのこを探そうとしていた。そして仔猫たちと戯れ過ぎて終電を逃した。

 

 昨日の夜、夢を見た。私はまだテキサスのアパートにルームメイトと住んでいて、出張で1週間くらい日本に来ていた。ふと、あのこのお水とご飯を1日分くらいしか置いてこなかったことに気づき、慌ててルームメイトやテキサスにいそうな友人たちに連絡を取った。絶望した。そうこうするうちに、あのこがもういないこと、ご飯もお水も必要がなくなったことを思い出して夢の中でも泣いた。

 

 

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思ったり言ったり

大好きな友達がへこんでいたら「あなたはそのままですてきだよ、自信を持って!」と言うし、本心からそう思うからこそ言うんだけど、実際逆の立場だったら「自信って、なにについて?顔?性格?スタイル?あはは、ウケる」とわたしだったら思うだろうな。でもそういうことじゃないんだよな、じゃあどうしたら伝わるかな、というようなことを考えていた。

“You look confident”と言われたら、「あ、そう見えるんだ」とわたしなら少しうれしくなると思う。この違いは「自信」という言葉が強すぎるからなのかな。

わたしは顔も、性格も、スタイルも、良く見積もって中の下以下であると自負している。だけどこの歳になると、まあしょうがないね、そんなことより昨日見つけたバンドがちょうかっこいいんだ、と思えるので健やかに暮らせている。天気が良すぎてテンションあがる、そんな単純なあたまでお得だ。さらつやの柔らかい猫っ毛に憧れたけど、わたしの太くてコシのある髪はパーマをかけたら1年はもつ、コスパ最高。自分のそういうところも悪くないと思えるところがそれなのかな、とかとか。つまり自己肯定感ということなのかな。それが"You look confident"につながるのか。

 

わたしも時々迷子になるけど、恋人や友達たちが「大丈夫だよ、合ってるよ」と言ってくれるからやっていけてる。もしかしたら自己肯定感はその言葉の持つ意味合いと反して、ひとからもらうものなのかも。ひとから種をもらって、自分で育てるものなのかな。

 

そこまで考えて、鶏モモ肉をフライパンで焼く時に、最初に少しだけ引く油と、じっくり焼いているうちに鶏皮のほうから大量にでてくる脂のイメージがわいてきて訳がわからなくなった。一回休み。

 

サロンパス

CDのいいところは、おすすめを貸したり借りたりできること。レコードのいいところは、「音楽を聴くぞ!」という自分の意思と向かい合い、ワクワク感を募らせる手間がともなうところ。いろんなメディアで音楽を聴けば、楽しさに立体感がでるし、音楽世界の広がり方も多元化して豊かになる。気がする。

 

わたしがミツメと出会ったのは、去年、スカートを知ってすぐのころ。実はスカートも、トリプルファイヤーも、ミツメも、その存在を知ったのはごく最近のことで、当時は「あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”~~この数年わたしはなにをしていたんだよぉ~~~~日本にいながら、東京にいながらァァァ~~~……」と後悔に苛まれて壁に頭を打ちつけるほどショックだった。いや、今だってまだまだ全然リアルタイムで見逃してきた、聴き逃してきたいいものたちを思うと焦燥感でめちゃくちゃに走り出しそうになるけれど……。とにかく、いま高校生のころのように、または生き急ぐように、音楽を聴きまくるきっかけとなったのは間違いなく彼ら東京インディー三銃士の存在だ(スカートはメジャーだけど、このひどくダサい呼び方がたまらなくすきなんだ)。

それまであまり日本の"今の"音楽を積極的に聴いていなかったわたしでも、「最近やたら耳にする"シティポップ"とはなんぞや」と思うことがあった。たぶん1年ちょっとくらい前だとおもう。その時は新しい趣味としてジャズ喫茶めぐりをはじめたころで、雑誌やSNSで情報を集めたり、座談会に顔を出したりして、自分に音楽の知識があまりにもないことを思い知り、特に貪欲になっていた。好きな気持ちに、なにもかもが追いついていなかった。恥を捨て、Google先生に「シティポップってなんですか」と聞いたところ、「まずはスカートを聴くといいですよ」と返ってきた。未だにこのジャンル分けについては釈然としないところもあるけど、おすすめしてくれたことには感謝しかない。

 

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YouTubeで『Call』のMVを見て、秒で心を奪われた。同サイトでありったけの音源を聴き、それからApple Musicでほかにもスカートの曲がないかチェックした。アルバムはなく、コンピレーションアルバムに入っている2曲だけがあったのだけど、拍子抜けしたわたしにApple MusicのAIがごく自然に「これも聴くっしょ」と、ミツメを並べて出してきた。その時はスカートとミツメのつながりもなにも知らなかったんだけど、なんとなく、2組ともお互いのことが好きそうだと思った。(その後CDを買いまくった。大人でよかった)

 

先月から今月にかけて、調子に乗ってトリプルファイヤーのライブに行きまくっている。そのせいもあってトリプルファイヤーばかり聴いていたんだけど、ふとジョギングの際にミツメの『エスパー』/『青い月』をかけたら、ゆったりめのわたしの歩調に思いのほか合って気持ちよく、いつもより2kmも長く走ってしまった。トリプルファイヤーで興奮しっぱなしだった神経に、ひんやりとサロンパスみたいに浸みた。音楽って効くな。

 

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ぐにょ~んとしたシンセやギターのエフェクトと、ほのかな不安を感じさせる不協和音が、ノスタルジーに涙で像がかすむようで、大切にしている美化された記憶を優しくゆさぶるようで、たまんないよね。

ミツメの音楽は、優しすぎて損する人がまとっているような音楽だな、と思う。それとYouTubeのコメント欄にもあったけど、キュンとさせそうでさせてこないイメージがわたしの中にもあった。

エスパー』も『青い月』も、やっぱり優しすぎてしまうんだけど、今回はいつもほど遠慮する様子もなく、切なさを共有してくれた感がある。それが“ポップ”ということなのか。

 

YouTubeの『エスパー』についたコメントを読んでいたら、なんだかわたしも熱くなってしまった。

 

ブログを更新する頻度が低くて、ほんとはこないだのOgre You Asshole(DJのsoi48もすごくよかった)とか、藤井洋平さん(\ライドン!/)とか、その前のCulpool(\NEOかわ~!/)についても書きたかったんだけど結局書いてなかった。もったいない。今週末はスカートのワンマンを見に行く。

 

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たぶん大事なことなので

Twitterは炎上でもしない限り、たいていの発言はものすごい勢いで流されていく。中には10人くらいしかフォローしていなくて、どういうわけかわたしがそのうちの1人に入ってしまって、結果としてTLにほぼわたしによるごくごく短いとりとめのない文章が蓄積されるだけのツールとなってる人もいるみたいだけど。(恥ずかしいのではやく100人くらい適当にフォローしてもらいたい)なんの脈略もないんだけど、たださらっと流れて欲しくないことはブログに書いておくのがいいのかなと思った次第。

 

人のことクソって思ったら、みんなラップしたらいいね。よいプレイリストでした。

 

 

TRIPLE FIRE EXPERIENCE

わたしは落ち着きがないので、時々よい音楽で踊ってエネルギーを発散しなくてはならない。それが週1くらいのペースでできたら理想的。

2月9日、Tsutaya O-nestでのトリプルファイヤー柴田聡子in Fireのツーマンに行ってきた。この日から、わたしのトリプルファイヤーなイベントが続く。それも理想的なことに、週1くらいのペースで。

 

 トリプルファイヤーのライブは毎回客入れの曲が最高に踊れて、確実にわたしがわざわざライブに足を運ぶ理由のひとつとなっている。だけどこの日は、わたしとわたしの隣にいたスーツ姿の紳士だけがアフロビートに体をゆらしていたように見えた。お客さんいっぱいだったし、そういうもんなのかな。わたしはゆらゆらしながら、Shazamで音を拾っては家でじっくり聴けるようにメモしまくってたんだけど、翌日、鳥居さんのブログでプレイリストが公開されていたので、もうちょっとゆったり構えていればよかったのかもしれないと思った。ギガを大事に。

 

 柴田聡子ちゃんを見るのは今回が初めてで、とても楽しみにしていたんだ。インフルあがりとのことで、少しかすれ気味の声だったけど、それがまたライブらしくてとてもよかった。ワンコロコロコロってやつが好きだった。会場の物販で、ミュージックマガジンの2017年ロック部門のトップ9位に選ばれた最新アルバム『愛の休日』を購入。これがまたすばらしいんだ。いつもちょっと回り道しちゃう、複雑な乙女心をコミカルに歌う聡子ちゃんだけど、ときどきどストレートな切なさを素朴な調子で口にするのでどきっとさせられる。ライブで気になった曲がたくさんあったので、持ってないアルバムを買いそろえたいし、また見に行きたい。本当に楽しかった。

 

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トリプルファイヤーのライブはいつも違っていつも新鮮。みんな演奏上手なのに、見に行くたび「今日がいちばんすごい!」ってなるからすごい。それとやっぱりボーカル吉田さんのパフォーマンスが一期一会というか、見逃してはいけないと感じさせるなにかがある。センスだよなあ。この日は「漁師の手」からのスタートだった。

普段MCはあまりはさまない印象のトリプルファイヤーだけど、今回は少し長めだった気がする。詳しくは胸の内のとどめておこうと思うけど、"賛否両論"の件での吉田さんの間の取り方はさすがだと思った。そういうところがほんとに好きだと思った。チューニングしながら、珍しく鳥居さんもこらえきれずに笑ってしまったのがたまらなかった。「銀行に行った日」はもともと好きな曲だったけど、この日の吉田さんのパフォーマンスが強く訴えるようでかなりぐっときた。ほんと全部よかった。

アンコール前の最後の曲「カモン」では、"テンション爆上げでキャラが崩壊した吉田さんvs肩を震わせながらも絶対にコールに応じない客"の構図がもう最高で……。「どしたー!渋谷ー!こんなもんじゃねーだろー!燃え上がれー!両手上げろー!フゥッ⤴フゥッ⤴(そして自分だけのダンスと最高の笑顔を披露する吉田さん)」という畳みかけるような煽りに、もう顔も上げられないの、わたし。間違いなくベスト・カモン・エクスペリエンスだった。

ライブでは、最新盤『FIRE』の初回限定ライブCDにも含まれていた「サクセス」と「鋭いアドバイス」、CD未収録の「スピリチュアルボーイ」の他に、アンコールではまだ曲名もない新曲もやってくれた。これがまたかっこよくて、クールで新しいトリプルファイヤーが今後も見られるのかと期待は高まるばかりなのだった。

 

ライブ後、吉田さんに「今日の『カモン』やばかったですね」と言ったら「みんな絶対に反応しないんですね……」とおっしゃっていた。そうなんです、ファンにはファンの意地があるので。そしてそれは、われわれの愛のカタチでもあるのです。

鳥居さんも目の前にいたので、思い切って話しかけてみた。先日開催されたリズムアナトミーvol.2のテキストが公開されており、それを読んだばかりで興奮していたので、テキストを公開してくださったことへの感謝を伝えられたのでよかった。「リズムアナトミー」とは言い得て妙で、まさにリズム(音)を解剖して仕組みを知る(理論ではなく、それを確立する前の段階を身をもって体験するような)、そんな内容だった。エレベーターの前にはパーカッショニストシマダボーイさんもいたので、地面を見ながら「お疲れさまでーす!」と言って前を通り過ぎた。

 

翌週、2月17日は鳥居さんをはじめミツメのnakayaanさんと大竹さん、ライターの小柳さんによるThe KONT(+ゲストの池田若菜さんと内藤彩さん)のDJイベント、Record Snore Dayに行った。18時~23時までのイベントなのでずっといるつもりはなかったんだけど、なんだかんだ最初から最後まで居座り、あとでプレイリスト公開されたらうれしいな、なんて思いながらもshazamしまくっていた。通信速度制限中でもわたしは負けないのだ。収穫はたっぷり。会場のCafé Barney(カフェバルネ)さんは前から気になっていたジャズカフェだったのもあって、行けてよかった。ワインはもちろん、食事もおいしそうだし、今度は通常営業日にぜひ行きたい。代々木八幡いいね。

 

2月は確定申告もしなきゃいけないし、お仕事もかなり忙しいほうなんだけど、音楽行事をたくさんつめこんでしまった。ずっとテンション高いまま確定申告までつっぱしりたい。ちなみに来週もトリプルファイヤーだし、再来週もトリプルファイヤーだ。その間に藤井洋平さんや、その後にスカートのワンマンもある。……生きるぞ。

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ぼくのスター、わたしのスター

著名な方が亡くなると、SNSやオフラインの人々が話題に上げ、偲び、するとそれを「普段は思い出しもしないくせに」と揶揄する人たちが必ずと言っていいくらい、トゥイッター的なところでなんとなくこぼす。そういうのを見ると、思い出の人がもうこの世にいないという事実とはまた別なところでずんと重みを感じ、喉元が締まる。(そうした方々の心のうちでも、わたしが想像できたりできなかったりする動きがあるんだろうとは思うけれど)

「あの時はお世話になりました」直接的な繋がりがなくても、そう思われる瞬間が故人にあったのであれば、それは双方にとって財産なんだ。わたしもいつか、プライベートは不器用でどうにもならないかもしれないけど、せめてお仕事を通してだれかを楽しませる人になりたいな。たとえ名前も顔も知らないもの同士でも。

 

高校時代、わたしは熱狂的な巨人ファンだった。友だちとファンサイトを運営し、宇都宮の清原球場でオープン戦の試合が開催されれば、学校をサボって見に行ってた(ごめん)。携帯電話も特殊仕様のジャイアンツモデル。着信音はミラクジャイアン童夢くん。ラジオ中継を聴きながら、なぜかスコアブックをつける練習もした。学校は基本的に苦手なところなんたけど、友だちと野球の話できゃっきゃするのが楽しくてしょうがない、そんなjkが一番ライバル視していたのが当時中日を率いていた星野仙一監督だった。星野監督オダギリジョーさんのおかげで、岡山が好きになった。川上憲伸選手を見る目が変わった。ずっと注視していたわけではないけど、震災直後、楽天で日本一になった時は、いろいろな想いが募って思わずもらい泣きしてしまった。星野さん、熱い野球ライフをありがとうございました。

 

大学進学のためアメリカに渡った際、最初に入った寮でルームメイトになった日本人の女の子がクランベリーズのファンだった。彼女は高校時代も留学をしていて、最初からアメリカ文化に馴染んでおり、彼女が好きな音楽も食べ物もテレビドラマも、ふつうの日本人の女の子だったわたし(いや、どうかな)には新鮮に映った。寮の部屋はワンルームで、2段ベッドとデスクが2台設置されただけの狭くてシンプルな造りのため、いずれかが音楽をかけたらそれを共有することになる。お互い好みの音楽と、そうでもない音楽があったと思う。クランベリーズはそんな環境で、延々かけっぱなしにしていた音楽のひとつだった。わたしの大好きなイライジャ・ウッドも、クランベリーズのファンだった。ドロレスの声を聴けばいつでも、若くて失敗ばかりしていた日々を思い出す。わたしはあまりいいルームメイトじゃなかったかもしれないけど、ロズウェルルートビアが好きな彼女に、今度連絡してみようと思う。

 

フランス・ギャル。あなたはずっと、わたしの"恋するシャンソン人形"。「日本語や英語のうたじゃ歌詞につられて作業に集中できない」という理由が最初だったと思う。大学時代、わたしは街の中古CD屋さんへ出向き、フレンチポップを探しに行くことがよくあった。当時フランス映画にはまっていたため、ブリジット・バルドーセルジュ・ゲンズブールといったヌーヴェルヴァーグ時代の歌手はもちろん、コンテンポラリーカミーユ、Holden、Air(エール)、Stereolab(拠点は英国だけど)などなど音楽の世界を広げていった。まずはブリジット・バルドーのセクシーで妖艶な容姿とコミカルなうたのギャップに心を掴まれ、フランス・ギャルの妖精のようなアイドル性に魅了されていった。あまりに憧れすぎて、フランスにぶらり一人旅しに行ったこともあった。そこでいろんな失敗もして、ばかだったなあとは思うけど、あの国はなんでもかんでもフランス映画風の思い出にうまく変換して、振り返るたび胸の奥をこしょこしょとくすぐる。悪くない。ブリジット・バルドーフランス・ギャルは、わたしに女の子の冒険を教えてくれたきれいなおねえさんだ。

 

先週の「ジェーン・スー 生活は踊る」の高橋芳朗さんミュージックプレゼントコーナーは、フランス・ギャルの追悼特集(「追悼フランス・ギャル〜彼女がJ-POPに与えた影響を聴く」)、として明日の放送はクランベリーズのドロレス特集。聴かなきゃね。

 

 

 

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